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壁画どこへ行く 高度成長期の最先端「西長堀アパート」(産経新聞)

 高度成長期のモダンな建築として知られる「西長堀アパート」(大阪市西区)で、戦後の前衛グループ「具体美術協会」のリーダー、吉原治良さん(1905~72年)の壁画が忘れ去られた状態になっている。アパートそのものも耐震基準の問題から入居募集を中止。近く建て替えか、補修かの結論を出さなければならず、壁画の取り扱いの決断が迫られている。吉原さんは戦後の抽象絵画の牽引(けんいん)者として欧米でも著名で、美術関係者からは「公的な美術館への寄贈などを考えてほしい」との声が上がっている。

 壁画は昭和33(1958)年、吉原さんが具体のメンバーらに指示しながら約4カ月間にわたって制作。サイズは縦約2・5メートル、横3・8メートルで、フランス、イタリア、ポルトガルなど色の違う世界各地の大理石や御影石などを張り付けている。当時、玄関ロビーで目立つ場所にあったが、現在は仕切りが新たに設けられて談話室になり、壁画の前には卓球台やいすが並べられている。

 アパートは、同じ年に総戸数263戸として日本住宅公団(現・UR都市機構)が建設。各戸に「水洗式洋風便所」「タイル張りのバスルーム」「バルコニー」が設置された当時の最先端の建物だった。作家の司馬遼太郎さんや、女優の森光子さんら文化人も多く住み、当時のパンフレットには森光子さんが登場。「1階ロビーの壁には吉原治良先生の力作が描かれているとか。これやったら一流ホテルばりやわ」と言葉を寄せ、壁画が話題だったことが分かる。

 ただその後、約50年間にわたる入居者の入れ替わりなどで壁画の存在は徐々に忘れ去られ、平成18年3月には耐震基準の問題から入居募集を中止。現在では空室が増え、作品の価値を認識している住民も少なくなっている。

 UR都市機構西日本支社(大阪市城東区)は、「壁画の取り扱いについては現段階では決まっていない。ただ、価値のあるものだという認識はしており、できるだけ残したい」としている。

 当時の資料をもとに作品を見つけ出した「具体」のメンバーだった造形作家の今井祝雄さんは「吉原さんが生きていたら『何とかならんのか』と悲しんでいたと思います。もっと街の中のパブリックアートを大切にしてほしい」と話している。

 ■公立の美術館で保存を

 大阪大学総合学術博物館の橋爪節也教授(美術史)の話「大胆な構成が『具体』の指導者として世界に注目された吉原らしい作品だ。当時は日常生活に溶け込んだ作品で社会にアピールすることも、美術家には魅力的だったのだろう。大阪には思わぬところに著名な美術家のモニュメントやレリーフなどの作品が残されており、公立の美術館で保存し、公開されるべきだ」

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